タバコに仕組まれた巧妙な戦略
世界的な禁煙運動の効果もあり、業界全体が縮小しつつあるとはいえ、タバコに関連した産業は依然として巨額のマネーが動く依存症ビジネスです。そのため、タバコには
① 喫煙の心理的・身体的な抵抗感を少なくして、若年者がタバコに手を出しやすくなる
② ニコチンを効きやすくして、依存形成させやすくなる
ような工夫がいくつも凝らされています。
喫煙マナーキャンペーン
喫煙マナーキャンペーンは「喫煙=社会に受容された習慣」ということを定着させるために企画されています(Lancet 2004; 363: 1820-1824)。
携帯灰皿の使用は「喫煙者のマナー向上」という良いイメージをもたらすだけでなく、どこでもタバコに手を伸ばせるようにする効果があります。
喫煙マナーを訴えるCMなどを通じて、喫煙者はタバコを嗜好品として、その味や香りを楽しんでいるというイメージを定着させています。タバコはニコチン依存を高めるように設計された嗜癖品であり、チョコレートやコーヒーのような嗜好品ではありません。広辞苑などでも嗜好品から外されましたが、日本たばこ産業(JT)はタバコは嗜好品であるという立場をとり続けています。
「ライト」「マイルド」の欺瞞
「マイルド○○」「○○ライト」などと銘打たれた低ニコチン・低タールのタバコは、身体への負担が軽くなっているように思えますが、実際は高ニコチン・高タールのタバコと同等の健康被害をもたらします。
そもそもパッケージ表示のニコチン・タール量は、機械によって一定量吸気したときの捕集量から求められています。低ニコチン・低タールのタバコは、フィルター部分側面にあけられた孔などで吸入する煙を薄めることで、ニコチン・タール量の計測値を抑えています。しかし、この空気孔はフィルター部分を指で持つと簡単に塞ぐことができてしまいます。
喫煙者が満足するのに必要なニコチン量は1mg程度とされており、たとえニコチン0.1mgのタバコであっても、深く吸う・根元まで吸う・フィルター部分を持つなどで容易に1mgまで接種できてしまいます(代償性喫煙)。0.1mg未満〜1.0mgのニコチン表示量のタバコの比較では、ニコチン摂取量はどれも1.0〜1.3mgで変わらなかったとの報告もあります。結局、ニコチン依存者の手にかかれば、そのタバコがどんなに低ニコチンであっても、きっちり1mg以上のニコチンを吸ってしまうということなのです。
低タールのタバコも、肺癌死亡リスクは高タールのタバコと変わらなかったという報告もあり(BMJ 2004; 328: 1982-1988)、タール量の高低の表記も喫煙の健康被害を避けるうえであまり意味はないといえます。
加熱式タバコと電子タバコ
「そんなにニコチンやタールが目の敵にされるのなら、それらをなくしたタバコを作ればいいじゃないか!」という考えから、開発されたのが加熱式タバコと電子タバコです。
・加熱式タバコは、タバコ葉を使用したスティックもしくはカプセルを加熱し、ニコチンを含んだエアロゾルを発生させます。ニコチンが含まれているため未成年の使用は法律で禁止されており、たばこ税もかかります。代表的な加熱式タバコとして、iQOS(米Philip Morris International)、glo(英British American Tobacco)、Ploom TECH(日本たばこ産業)があります。
・電子タバコ(VAPEとも呼ばれます)は、タバコ葉を使用せずフレーバーと呼ばれる液体を加熱し、味のついた水蒸気を煙として楽しみます。ニコチンが含まれていないため、未成年の使用は法律上は禁止されておらず、たばこ税もかかりません。代表的な電子タバコとして、JUUL(米Juul Labs)があります。
どちらも「タール成分がない・ 少ない」「火を直接つけない」ことから安全性がウリにされていますが、どちらも様々な問題を抱えています。
1. 加熱式タバコの問題
加熱式タバコのニコチン摂取量は通常のタバコと比べてやや少ない程度であり、ニコチン依存症は維持されます。iCOSの主流煙に含まれるニコチン量は通常のタバコより20%多く、タール量は70%程度であり、健康被害のリスクは全く低減されません。受動喫煙の害もなくなっておらず、むしろ煙が目立たないぶん「知らないうちに副流煙を吸わされていた」というリスクも高くなります。当然、禁煙治療の大きな阻害要因になります。
フィリップモリス社はiQOSを日本全国で販売していますが、本国であるアメリカ国内では健康リスクを理由にその販売は許可されていません。「加熱式タバコは安全」とのイメージは危険な誤解です。アメリカでは認可されていないような健康に害のあるものが販売されているということを認識しましょう。
また、加熱式タバコには、様々なフレーバーを追加するため、通常のタバコよりも多数の添加物が加えられています。それらの長期曝露が身体にどのように影響を及ぼすかは、まだ研究段階で不明な点が多く、未知の健康被害が懸念されます。
2. 電子タバコ(VAPE)の問題
電子タバコの主成分はスモークなどに使用されているプロピレングリコールやベジタブルグリセリンであり、比較的安全と考えられていますが、長期的な使用による人体への影響はわかっていません。また、加熱式タバコと同様の「よくわかっていない添加物問題」もありますが、電子タバコ業界は大小さまざまなメーカーが乱立し、膨大な種類のリキッドを提供しているため、その未知の健康被害リスクは加熱式タバコよりも桁違いに高いと思われます。実際にアメリカでは2019年頃よりe-cigarette, or vaping, product use–associated lung injury(EVALI)と呼ばれる電子タバコに関連した肺障害が多発しています(BMJ 2022; 378: e065997)。
電子タバコはニコチンが含まれていないと説明してきましたが、実は海外ではニコチン含有のリキッドが主流となっています。日本ではニコチン含有リキッドの販売は違法ですが、個人輸入&個人使用であれば合法であるため、海外から取り寄せて使用している人もいます。こうなるとニコチン依存症のリスクについても、通常のタバコや加熱式タバコと変わらなくなります。
さらに近年、電子タバコの一番の問題として懸念されていることは、電子タバコが未成年者の喫煙の入口になってしまうリスクです(JAMA Pediatr 2017; 171: 788-797)。アメリカやヨーロッパの一部地域では未成年者による電子タバコの乱用が深刻な社会問題となり、未成年への販売・使用の法規制が急速に進んでいます。一方で日本は、電子タバコの店頭販売では年齢確認が求められるものの、通販サイトでは年齢確認を行わない店舗もあり、未成年者が電子タバコにアクセスしやすい環境にあるといえます。日本では、制服を着た学生が電子タバコをプカプカ吹かせるような社会通念上許されない場面では、ほぼ確実に警察による補導&厳重注意 → 学校・保護者へ報告となるので、欧米のような社会問題にはならないかもしれませんが、やはり電子タバコの法規制が望まれます。
依存性を高める添加物
タバコには190種類以上の添加物が加えられており、その一部には依存性を高める作用のある物質が含まれています。
・アンモニウム化合物:ニコチンは酸性環境では水素イオンと塩を形成して安定化しますが、アルカリ性環境では遊離塩基となり、生体に吸収されやすくなります。アンモニウム化合物によって煙をアルカリ性にし、ニコチンを吸収しやすくしています。
・メンソール:メンソールはタバコの悪臭やえぐみを隠し、抗炎症作用によって喉や呼吸器の炎症を軽減させます。メンソールを添加することで喫煙者は楽にタバコの煙を吸うことができます。
・アセトアルデヒド:ニコチンの急性中毒症状を緩和させる作用があります。アセトアルデヒドを添加することで、ニコチンを急速に摂取しても中毒にならないようになり、喫煙者がよりたくさんのニコチンを摂取できるようにしています。
・レブリン酸化合物:香料としても使用されています。ニコチンが脳の神経受容体に結合するのを助けることで、ニコチン依存形成を促進します。
・ココア末,カフェイン:気管支拡張作用があります。煙を吸ったときに、気管支が細くなるのを抑制することで、喫煙者がより大量の煙を吸えるようにします。